浦和地方裁判所 平成2年(行ウ)5号 判決 1993年2月08日
埼玉県幸手市東一丁目二五番地八号
原告
有限会社村井商店
右代表者取締役
溝口昭一
右訴訟代理人弁護士
大浦浩
同県春日部市粕壁五四三五番地一
被告
春日部税務署長 高林進
右指定代理人
武田みどり
同
大谷津宏巳
同
山畑正
同
菅村敬二郎
同
萩原一夫
同
寺島進一
同
大月泉
同
小柳稔
同
野崎宏
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一同時者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し平成元年四月六日付けでした、原告からの酒類販売業免許申請を拒否する旨の処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は酒類の販売等を営業目的として昭和六三年四月二七日設立された会社であり、被告に対し同年五月二日付けで酒税法第九条第一項の規定に基づき酒類販売業の免許申請をしたところ、被告は平成元年四月六日付けで同法第一〇条第一〇号の規定に該当する事由があることを理由としてこれを拒否する旨の本件処分をした。
2 しかしながら、酒税法第九条第一項、第一〇条第一〇号は、元来、職業選択の自由を保障した憲法第二二条第一項に違反する無効な規定であり、本件処分にこれに基づいてされたものであるから違法である。仮に、そうでないとしても、原告には酒税法第一〇条第一〇号の規定に該当する事由は存在せず、本件処分は右事由なくしてされたものであるから違法である。
よって、原告は被告に対し、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
三 被告の主張
1 酒類販売業免許制度(以下「酒販免許制度」という。)の合憲性
憲法第二二条第一項の規定によって保障される職業選択の自由は、自由な職業活動が社会公共にもたらす弊害を防止するという消極的目的からの制約に服するだけではなく、社会政策ないし経済政策上の積極的目的からの制約も受けるのであって、その制約が、重要な公共の利益のために必要でありかつ手段・態様において合理的な措置である限り、合憲性を肯定することができる。
酒税は国家財政上重要な地位を占めており、酒税収入は明治三〇年代から昭和初期にかけては租税収入の首位を占めたこともあり、昭和一〇年度(会計年度をいう。以下同じ。)から同二五年度までの間では、昭和一四年度から同二一年度までの間を除き、所得税に次いで二位を、昭和二六年度以降においては所得税、法人税に次いでほぼ三位を占めてきた。昭和六三年度においてはその租税収入予算額(印紙収入を含む。)四五兆九〇〇億円に対して酒税収入は二兆六六〇億円であり、その占める割合は四・六パーセントとなっている。そして、酒税は、所得税、法人税とともに、その収入額の三二パーセントが地方交付税交付金の財源に充てられており地方財政にも大きく寄与している。酒税額の、製造者による販売価格中に占める割合は極めて高く、製造者にしてみれば、酒税を納めるために酒類製造業を営んでいるとさえいえるのであり、その徴税方法としては庫出課税(移出課税)制度が採用されている。元来、酒税は酒類の消費者に対して課される間接消費税の一種であるが、この庫出課税制度は、酒類製造者を納税義務者と定め(酒税法第六条)、酒類が製造者のもとから庫出される際、その数量に対する(従量)単位数量当りの税額若しくは販売価格に対する(従価)一定の税率をもって課税しようとするものであり、これによって徴税を容易にし、酒税のほ脱を防止することが可能となる。しかしながら、そのためには製造者が納付した酒税が円滑に消費者に転嫁され、これに相当する金員が確実に消費者から製造者のもとへ回収されなければならない。この場合、販売業者は、製造者と消費者との中間にあって、製造者から消費者への税負担の転嫁を仲介するパイプ役として、間接消費税の徴収確保にとって重要な役割を担っているのであり、これらの製造者及び販売業者が一体となって、いわば間接消費税の徴税機関ともいえる地位を占めているのである。酒販免許制度は、このような販売業者の役割に鑑み、酒類販売業の籃立を防止して、適正な需給の均衡のもとに製造者において確実に酒類代金を回収できるようにするとともに、一定の身分的要件を欠く者を酒類販売業者から排除し、もって酒税収入の安定を図ろうとするものであり、職業選択の自由に対する公共の利益確保の必要からの制約として十分な合理性を有している。
酒販免許制度の要件ないし内容について規定する酒税法第一〇条は、免許の拒否の権限を税務署長に与えているが、そのし意的な判断を排除して免許事務の公正が保たれるよう、免許を与えないことができる場合の消極要件を制限列挙し、これに該当する事由がない限り、免許を与えることを原則としている。同条の掲げる消極要件の中には、税務署長の認定判断を経ることを予定しているもの(第九号から第一一号まで)もあるが、この点については、公平で、統一された執行が適正に行われるようにするため、「酒類の販売業免許等の取扱いについて」と題する国税庁長官通達(昭和三八年一月一四日 間酒二-二)が配付されており、これによって酒類販売業免許事務の取扱いについて具体的かつ詳細な定めをして、税務署長によるし意的な判断を排除している。そして、税務署長による右の点についての認定判断は法規裁量と解されており、免許を拒否された申請者の法的救済の途も開かれている。このように、酒販免許制度は酒類販売業に対する規制の手段・態様においても合理性を有するものである。
以上の次第であって、酒販免許制度は職業選択の自由を制約するものではあるが、酒類販売業に対する規制の目的及び手段・態様の両面において合理性を有しており、合憲性を具備しているというべきである。
2 本件処分の根拠及び適法性
被告は、原告について酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があるとして本件処分をしたのであるが、その根拠は次のとおりである。
(一) 資金の欠乏
原告から提出された「酒類販売業免許申請書」及び「所要資金の明細書および調達方法」によれば、原告は、開業に際しての所要資金として仕入資金四四五万円、掛売資金五三万五〇〇〇円、在庫資金八九万円、その他の資金二四六万円の合計八三三万五〇〇〇円を見込んでおり、これには資本金一〇〇〇万円から充当するとされている。
しかしながら、原告は、本件処分の時点においてはいまだ開業するに至っていないのであるから、設立後それまでの収入は皆無であり、一方、昭和六三年五月分から、賃借した販売場の店舗及びこれに付属する土地の賃貸料を支払っている。本件処分時までの右賃料の合計金額は五〇六万円を上回っており、そうであるとすると、右の時点では資本金として確保された一〇〇〇万円のうち残されているのは四九四万円を下回ることになり、開業に際して必要とする資金にも足りず、原告については安定的な経営を続けていくだけの資金的準備が欠けていることになる。
(二) 事業経営における健全性の欠如について
「酒類販売業免許申請書」添付の「事業もくろみ書」によると、原告は酒類を販売するについては定価販売を予定しており、それによると、年間売上金額は約五八八二万円、売上総利益は約一一五二万円、差引利益(営業利益)に約七八万円が見込まれている。しかしながら、原告の代表者である村井宏次が同じく代表取締役としてその経営に当っている有限会社北関東物流(本店所在地・栃木県大田原市)では酒類の販売につき定価販売ではなく廉売を行っており、実際には原告も同様の販売方法を採用する可能性が強い。そうした場合、原告においては多額の欠損金を出すことが予想され、健全な事業経営は成り立ち得ないと認められる。
(三) 商品仕入れの困難性について
「事業もくろみ書」によると、原告は、酒類の仕入先として、有限会社前田酒販(本店所在地・栃木県大田原市)、有限会社笹沼商店(本店所在地・栃木県那須郡那須町)及び株式会社平山酒造店(本店所在地・栃木県大田原市)の三社を挙げている。しかしながら、有限会社前田酒販については、その経済的基盤は著しく薄弱であり、現金取引でなければ営業を存続し得ない状況にある。というのは、同会社は第一九期事業年度(昭和六一年六月一日から同六二年五月三一日まで)において一一一九万五三四六円、第二〇期事業年度(昭和六二年六月一日から同六三年五月三一日まで)において七三九万四七八七円の損失金を計上し、昭和六三年五月三一日現在で一一三七万五一八七円の未処理損失金を抱えている。同会社の債務総額は八億九〇〇〇万円を超え、会社所有の土地・建物及び会社代表者の母親所有名義の、営業の本拠となっている土地とその上の店舗建物は債権者による差押えを受けている。このような次第のため、同会社は原告との間でも、当分の間は現金取引とする旨の約定を交わしているほどであるからである。有限会社笹沼商店の代表者は、被告の側からの照会に対して、知人の紹介で原告の代表者に会い、「事業もくろみ書」添付の「商取引承諾書」に押印しただけである旨を回答しており、原告との取引を真撃に考えているわけではないことがうかがわれる。株式会社平山酒造店の代表者は、被告の側からの照会に対して、永年の取引先である有限会社前田酒販の代表者から頼まれて「商取引承諾書」に押印したが、原告と直接取引をするつもりはない旨を回答している。以上のような事情からすれば、原告が「事業もくろみ書」において酒類の仕入先として挙げる三社はいずれも原告にとって将来に向けて安定的に酒類の供給を受け得る取引先とはいえない。
(四) 販売設備の不十分について
原告が酒類の販売場とすることを予定している店舗は、その構造が軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建の建物であり、その種類を事務所として登記されている。右建物は南側に出入口としてのアルミサッシ製ガラス引戸があり、その両脇に幅一間の窓があるだけであって、その他の三方は全て壁に覆われ、一見倉庫と見受けられる粗末なものであり、外見上、おおよそ酒類販売を行う店舗とはいい難いものである。この店舗どはとうてい顧客を誘引することは望め得ず、また、店舗内には酒類を販売するための設備も皆無と見受けられ、いまだ店舗としての態をなしていない。
(五) 原告の代表取締役・村井広次及び取締役・前田知男の資産状態等について
原告の代表取締役である村井広次は、ほかに食品卸売業を営む有限会社県北食品を経営しているが、同会社は第一二期事業年度(昭和六二年六月一日から同六三年五月三一日まで)の期末において三三三七万六一七四円という多額の繰越欠損金を抱え、経営困難の状態にある。村井が個人で所有する土地・建物には右会社のほか村井が関係する有限会社前田酒販、有限会社北関東物流の債務を担保するための抵当権が設定されており、村井個人の資金運用能力、経済的信用及び事業経営能力は貧困というほかはない。
原告の取締役である前田知男は有限会社前田酒販を経営しているが、同会社は昭和五七年五月一九日の第一回目の手形不渡事故後も再三にわたって手形の不渡事故を起こし、その都度手形交換所から銀行取引停止処分を受けている。また、同会社は、法人税について確定申告をせず、若しくは期限後に申告をするなど納税に不熱心であるばかりか、法人税及び源泉所得税を滞納し、同会社所有の土地・建物について債権者による差押えを受けたりもしている。前田は原告の取締役として仕入れ、販売を担当するとされているが、右のような事情からすれば、前田の、個人としての資金力、経済的信用、事業経営能力は薄弱であり、遵法精神も欠如していることは明らかである。
以上のとおり、原告には酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があり、被告がこれを理由としてした本件処分は適法である。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 酒販免許制度の違憲性
営業の免許制度が合憲であるとして是認されるためには、第一に、規制の目的自体が公共の利益に適合する正当性を有すること、第二に、目的と規制手段との間に合理的関連性が存在すること、第三に、規制によって失われる利益と得られる利益との間に均衡が成立すること、の三つの要件がすべて充足されなければならない。
憲法第二二条第一項の規定によって保障される職業選択の自由に対する制約は、自由な経済活動がもたらす弊害を除去ないし緩和し、社会生活における個人の生命、身体、財産の安全を確保するために必要とする場合、及び憲法が全体として企図する福祉国家の理念のもとに、積極的に社会経済の均衡のとれた調和的発展を図るために必要とする場合に限り正当性を具備するに至るのであって、被告主張のように、単に「酒税収入の安定を図るため」の酒販免許制度は国によるし意的、便宜的な制約であり、右の意味での正当性を有するものではない。もし、このような制約が許されるとすれば、一般消費税その他の間接国税の収入確保を目的として、あらゆる営業を国の許可制のもとにおくことも憲法上許容されることになり、そうなったのでは、憲法第二二条第一項が国民の基本的人権の一つとして保障する職業選択の自由は、国の租税政策によって左右され、全くの空文と化してしまうことになりかねない。
仮に「酒税の保全」ということが営業の自由に対する規制の目的として正当性を有するとしても、現行の酒販免許制度のもとにおける規制手段はその目的との間に合理的関連性を有するとはいえない。酒税法第六条によれば、酒税の納税義務者は、酒類の製造者又は酒類を保税地域から引き取る者であって、酒類の販売業者ではない。そうであるとすれば、酒税収入の確保を図るためには酒類の製造者又は保税地域からの引取者を免許制度のもとにおき、規制の対象とすれば足りることであり、販売業者までその対象とする必要はないはずである。酒類の製造者等も一個の企業人なのであるから、自らが製造し又は引き取った酒類を販売する相手方の資力、信用については、一般の企業人が払うのと同様の注意を払って取引の相手方を選択するわけであり、当然にそのような注意能力を備えているわけである。したがって、それ以上に、国が免許制度のもとに酒類の販売業者を規制の対象とし、後見的に製造者を保護しなければならない必要は存しない。また、酒税法第一〇条第一〇号は、酒類販売業免許の申請者についてその経営の基礎が薄弱であると認められる場合を免許拒否の事由としているが、同法第一四条が規定する酒類販売業免許の取消事由中には、これと同旨のことは挙げられていないから、一旦、酒類販売業の免許を得た者は、たとえ、その後にその経営の基礎が薄弱であると認められるに至っても、免許を取り消されることはないのである。このことは酒類販売業を規制する手段として一貫せず、合理性に欠けるというべきである。さらに、酒税法は、酒税収入の確保を図るために酒類の製造者に対し二重、三重にわたって報告、届出等の義務(第三〇条の二、第四六条、第四七条、第四九条、第五〇条、第五〇条の二、第五一条、第五三条)を課し、その懈怠に対しては刑事罰をも規定(第九章)することによって、課税対象及び税額の把握に遺漏なきを期している。そのうえで、酒類販売業まで免許制度による規制のもとにおくことは、いわば屋上に、屋を重ねることであって、目的達成のための手段として著しく合理性に欠けることが明白である。むしろ、酒類販売業を自由化すれば、業者間の活発な競争によって販売量が増大し、酒税収入も増加する。
前記のとおり、酒税法は、酒類製造業を免許制度のもとにおき(第七条)、製造者に対し酒税の徴収確保のため万全の措置を講じているのであり、そのうえで、さらに、酒類販売業まで免許制度のもとにおき、規制をしたとしても、そのために国に付加される利益は極めて僅少なものにすぎない。これに引き換え、免許制度のもとで拒否処分を受けた申請者は、酒類販売業を営む途を完全に閉ざされてしまうわけであり、その職業選択の自由に対する制約によって申請者が被る不利益は甚大である。
以上のようにみてくると、酒販免許制度は、職業選択の自由に対する公共の利益からの制約として、その必要性及び合理性のいずれの点においても欠けるところがあり、憲法第二二条第一項に違反するというべきである。
2 本件処分の違法性
原告には酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由は存しない。その理由は次のとおりである。
(一) 「資金の欠乏」の主張について
昭和三八年一月一四日付け(間酒二-二)国税庁長官通達「酒類の販売業免許等の取扱について」の別冊「酒類販売業免許等取扱要領」には、酒類販売業免許事務の処理期間について「(2) 税務署長限りで処理するものについては、申請書類を受理した日の翌日から起算して、最大限二ケ月の期間内とすること」(第一の5の(2))と定められている。ところが、原告の酒類販売業免許申請が受理されたのは昭和六三年五月二日であるのに、被告が本件処分をしたのは平成元年四月六日であり、その間に一一か月が経過している。その間、原告が店舗の賃料を支払っていたことは事実であるが、このように、原告が営業を開始できない状態のまま、長期間にわたり店舗の賃料だけは支払わなければならなかったのは、被告による事務処理が遅延したからにほかならない。したがって、そのために原告において資金不足が生じたからといって、これを理由に免許申請を拒否するのは被告において自らによる事務処理の不当な遅延を棚上げするものであって、信義誠実の原則に反するというべきである。
原告は、店舗の賃料については、平成元年一一月、貸主と話し合い、預け入れた敷金を取り崩して、平成二年二月分までの分を支払い、同年三月以降の分は免許を受け営業が開始できるまで免除してもらうことにした。免許を受けた後の運転資金については、高木健寿との間で、七〇〇万円を期間・五年、利息・年三パーセント、返済方法・六か月間据え置きの後、七か月目から毎月元利合計一一万六〇〇〇円を支払う、との約定で借り受ける旨の予約をし、準備を整えていた。
(二) 「事業経営における健全性の欠如」の主張について
被告は、原告の代表者である村井広次が同じく代表者となっている有限会社北関東物流が酒類について定価販売ではなく、廉売をしており、原告もそうするおそれがあると主張するが、一体、酒類について「定価」というものがあるのかどうか、「廉売」とは何をいうのか、右会社による販売行為が酒税法のどの条項に違反するのかなどの点については全く触れず、ただ、架空の数量や金額を挙げ、これでは原告の事業経営は成り立たないと主張する。しかしながら、被告の主張は、右会社が昭和六三年四月二二日所轄税務署長から酒類販売業免許を受けていることさえ無視した、単なる推測の域を出ないものであり、原告は酒類販売業免許申請に際し右会社と同一の価格による販売はしない旨を明確に説明していること、右会社はその経営努力によって現在黒字経営の状態にあり、かってみられたような税金の滞納などはしていないことなどの事実に照らしても、被告の主張は全く理由のないものである。
(三) 「商品仕入れの困難性」の主張について
原告が営業開始後の商品の仕入先として有限会社前田酒販、有限会社笹沼商店及び株式会社平山酒造店を予定していることは被告主張のとおりであり、有限会社前田酒販については、かって、一時的に被告主張のような経営状況がみられたことは事実であるが、右会社は、原告が酒類販売業免許申請をする以前から、債権者との間で返済による紛争解決の話合いを進めており、平成元年四月から同年一〇月にかけて、被告主張の差押えはすべて解放され、その抹消登記手続も完了している。このことにみられるように、右会社は経済的基盤もしっかりしてきており、原告に対する酒類の販売、納入には何らの問題も存しない。有限会社笹沼商店は原告との取引を確約しており、被告からの照会に対し被告主張のような回答をしたのは思い違いであったことを認めている。右会社は有限会社前田酒販に対し、平成元年一一月から同二年一〇月までの一年間に、約五二万四一九四リットルの酒類を販売した実績があり、その酒類の供給能力に問題はない。株式会社平山酒造店は被告からの照会に対し被告主張のような回答をしたのは思い違いによるものであったことを認めており、原告との取引を確約している。
(四) 「販売設備の不十分」の主張について
被告主張の店舗は原告が酒類の販売業を営むためにその貸主に依頼して新たに設計し、建築してもらったものである。元来、酒類販売業を営むための店舗として、どのような構造を有し、設備を備えているのがよいかはその営業をしようとする者の判断によるのであって、税務当局の主観によって判断すべきものではない。被告は、原告が用意した店舗には酒類を販売するための設備が欠けているように主張するが、その設備とはどのような内容のものをいうのか意味不明である。原告は、免許があり次第、店舗内の設備を充実させる考えであるが、免許があるかどうか不明の段階で、設備の不備をいう被告の主張は失当である。
(五) 役員個人の資産状態等の主張について
原告の代表者である村井広次は有限会社北関東物流の代表者であり、右会社については昭和六三年四月二二日所轄の大田原税務署長によって酒類の販売業免許がされている。そうであるとすれば、村井については、このとき既に、その人的要件について税務当局による十分な審査がされ、これを充足するとの判断がされたはずである。それにもかかわらず、原告による免許申請においては、その代表者である村井が人的要件を充足していないとしてその拒否処分をすることは、同一の人物についてその間に何の事情の変更もないのに、有限会社北関東物流の関係では人的要件を充足するとし、原告との関係ではこれを充足しないとすることであって、法の下の平等を定めた憲法第一四条に違反する。免許後、右会社は経営努力のかいもあり、健全な事業経営を続けており、この実績からすれば、大田原税務署長が右会社に対する酒類販売業免許をしたことは妥当であったというべきである。
原告の取締役である前田知男は、有限会社北関東物流に対する酒類販売業免許がされた当時、その取締役であった。したがって、原告による免許申請において、その取締役である前田の人的要件については、代表取締役である村井についての前記と同様のことがいえるわけである。また、前田は有限会社前田酒販の代表者であり、右会社についてかつて被告主張のような法人税等の滞納、債権者による差押え等があったことは事実である。しかしながら、右滞納した税金は前田の経営努力によって原告による免許申請がされる一年八か月も前に完納されており、これは前田の納税義務を果たそうとする決意を示すものであって、過去にあつた滞納の事実を完納された後になってもとりあげて責めるのは不当である。債権者による差押えについても本件処分がされる以前から返済による解決の話合いが進められており、平成元年四月から同年一〇月かけて、これが解除され、その抹消登記手続も完了している。これは前田がいかに経営努力をしたかを示すものであり、前田が高い経済的信用力を有していることの表れである。
第三証拠
本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」に記載のとおりである。
理由
一 請求原因事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、まず酒販免許制度を定めた酒税法第九条、第一〇条第一〇号の規定が職業選択の自由を保障した憲法第二二条第一項に違反するかどうかについて検討する。
酒税法は酒類の販売業について免許制度(酒販免許制度)を採用し、酒類の販売業をしようとする者は、販売場ごとに、その販売場の所在地の所轄税務署長の免許を受けなければならない旨を定めている(同法第九条第一項)。これによれば、酒類の販売業をしようとする者は、何人といえども所轄税務署長の免許を受けない限り酒類販売業を営むことはできないのであるから、酒販免許制度は、単に職業活動の内容及び態様を規制するものではなく、狭義における職業選択の自由そのものを制約するものであって、憲法第二二条第一項が保障する職業選択の自由に対する強力な制限であることにほかならない。そうであるとすれば、酒販免許制度が憲法の右規定との関係で合憲性を有するというためには、原則として、これが重要な公共の利益のために必要にして合理的な措置であることを要するものというべきである(最高裁昭和五〇年四月三〇日大法廷判決・民集第二九巻第四号五七二頁)。
酒税法は、酒類には酒税を課するものとし(第一条)、酒類の製造者を納税義務者とする(第六条第一項)とともに、その課税標準について、酒類の製造場から移出し、又は保税地域から引き取る酒類の数量とすると規定して(第三条第一項)、その賦課徴収に関しいわゆる庫出課税(移出課税)方式を採用した。これは、酒税が、沿革的にみて、国税全体に占める割合が高く、国家財政上重要な地位を占めているため、これを確実に徴収する必要性が高い税目であるとともに、酒類の販売価格に占める割合も高率であることによるのであり、酒税法が、酒類の販売業について免許制度を採用したのはこのことと不可分の関係を有している。というのは、酒税は間接消費税の一種であって、その納税者は酒類の消費者なのであるが、酒税の賦課徴収については庫出課税方式が採用されているため、納税義務者である酒類製造者は、納付した酒税に相当する額の金員を販売価格に組み入れて消費者に転嫁し、販売業者を介してこれを回収する必要があるのであり、この場合、販売業者は製造者との消費者の中間にあって、事実上、消費者から酒税を徴収するための、いわば徴税機関としての役割を荷うことになるのである。酒販免許制度は、酒類の販売業者がその流通過程で荷う右のような役割にかんがみ、酒類の販売業をしようとする者のうちその経済的、人格的要因から右のような役割を荷うのに適しない者を排除するとともに、販売業者の濫立を防止して、適正な酒類の需給の均衡のもとに、製造者が確実に納付した酒税に相当する金員を販売代金として回収できるようにすることを目的とするものであり、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために採られた必要にして合理的な措置であったということができる。
ところが、本件処分がされた昭和六三年当時においては、被告の主張にもあるように、酒税の国税全体に占める割合は酒販免許制度が採用された昭和一三年当時に比して相対的に大幅に低下してきており、酒販免許制度そのものに原告主張のような問題点があることを考慮すると、本件処分の当時においても、酒類の製造業のほかに販売業までも免許制度のものにおく必要があったかどうかは職業選択の自由の保障が国民にもたらす利益との対比において考えるとき大いに疑問の存するところである。しかしながら、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加えて、所得の再分配、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重するほかはないというべきである(最高裁昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集第三九巻第二号二四七頁)。これを酒税の賦課徴収についてみるのに、酒販免許制度が採用された昭和一三年から本件処分がされた同六三年までの間には社会状況に大きな変化があり、本件処分当時においてもこの制度を存置しておくことの必要性及び合理性があったかどうかについては問題の余地があることは前述したとおりであるが、そうであるからといって、酒税が国の重要な租税収入の一つでありうることに変りはないわけであるし、その賦課徴収に関する前述した仕組みがいまだその必要性及び合理性を失っているとはいえないこと、元来、酒類は致酔性を有する嗜好品であり、その販売を全く自由とした場合、弊害が生ずることも考えられないではなく、販売秩序維持等の観点からもその販売について何らかの規制が行われても止むを得ないと考えられることなどを考慮すると、本件処分当時においてなお酒販免許制度を存置すべきものとした立法府の判断は、前述のような政策的、技術的裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理であるとまではいえない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・判例集未登載)。
酒税法第一〇条第一〇号は、酒類販売業の免許申請者が破産者で、復権を得ていない場合その他その経営の基礎が薄弱であると認められる場合に、酒類販売業の免許を与えないことができる旨を定た規定であるが、これは酒類の製造者が販売代金の回収に困難を来すおそれがあると考えられる最も典型的な場合を規定したものであって、この基準は酒販免許制度を採用した前述のような立法目的に照らして合理的なものである。また、右規定の文言中、「経営の基礎が薄弱」かどうかの判断は第一次的には所轄税務署長の裁量に委ねられることにはなるけれども、その判断が裁量の範囲を逸脱していると認められる場合には、免許を拒否された申請者には取消訴訟の提起その他の法的救済の途も開かれているのであるから、右文言が不明確であって、行政庁のし意的判断を許すようなものであるということはできない(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決・判例集未登載)。
したがって、酒販免許制度について定めた酒税法第九条、第一〇条第一〇号は憲法第二二条第一項には違反しないというべきである。
三 進んで、原告について酒税法第一〇条第一〇号に該当する事由があるとした被告の判断の適否について検討する。
1 原本の存在及び成立とも争いのない乙第四三号証、いずれも成立に争いのない甲第二七号証、第三五号証、乙第四号証、第四二号証、証人森井泉育次郎、前田知男の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、(1) 原告は酒類の販売業を営むため昭和六三年四月二七日新たに設立された会社であり、設立当初、その役員として、代表取締役に村井広次、取締役に前田知男が就任したこと、したがって、原告には右設立の時点より以前には何らの事業実績はなく、財産としても設立に際して提供された出資金(資本金)以外には何も存しないこと、(2) 原告の設立の際の資本金は一〇〇〇万円であり、そのうち八〇〇万円は村井が、二〇〇万円は前田がそれぞれ出資したものであること、(3) 原告の、被告に対する酒類販売業免許申請は設立登記の日から五日後の昭和六三年五月二日付けでされており、原告はこれより二日前の同年四月三〇日、埼玉県加須市内に本店を置く埼玉自動車整備工場株式会社との間で、販売場に供するための建物について賃貸借契約を締結したこと、しかしながら、その時点では、契約書上「埼玉県幸手市東一丁目二五番八号 鉄骨造トタン葺 一階六六平方メートル」と表示された建物は存在しておらず、これが建築されたのは同年六月になってからのことであること、(4) 右賃貸借契約においては、原告は貸主である埼玉自動車整備工場株式会社に対し、賃料として一か月四六万円を支払うこととされており、現に、原告の預金口座からは昭和六三年五月二日から同年八月二七日までの間に右賃料等の支払に充てるため三二〇万円余が引き出されており、右八月二七日の時点で、残高は六七六万五二〇〇円となっていること、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は酒類販売業を営むことを目的として新たに設立された会社であり、資本金として出資された一〇〇〇万円のほかには原告としては何らの財産その他の営業基盤を有しているわけではないのであるから、仮に被告による酒類販売業の免許が下り、営業が開始できるようになったとしても、それまでにはかなりの期間が必要であり、その間、販売場とするために賃借した建物の賃料を支払い続けなければならないのであり、その建物も後記のとおり酒類の販売場として十分な設備を備えたものではないのであるから、開業のためにはこれにも相当の費用の投入が必要である。このように、原告の営業を開業の運びに至らせるためには、その間に全く収入を伴わない費用の支出が必要であり、原告の唯一の財産である出資金として提供された資金一〇〇〇万円は開業の時点では大幅に減少していることが推認される(この点について、原告は、被告が昭和三八年一月一四日付け国税庁長官通達にあるとおり二か月以内に申請に対する許可をしていれば、原告は、早い時期に営業が開始できたのであるから、収入を伴わない右賃料の支払をする必要はなかった旨の主張をするが、証人森井泉育次郎の証言といずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第二四、第二五号証によれば、被告は、申請を受理した当初から、原告の経営基盤に疑問を抱き、担当係官が出資の事実の有無、その資金の出所、販売場の状況及び役員の資産、信用等について関係者に対する面接、照会などの調査をしたことが認められるのであって、そうであるとすれば、被告が申請を受理したときから二か月以内に許否の処分ができなかったことは止むを得ないことであり、右国税庁長官通達による定めは申請について特別な疑問がない場合を前提にした訓示的なものと解するのが相当である。)。そうであるとすれば、原告は、その独自の経済力だけで事業を遂行することは困難であり、そのためには背後に有力な支持基盤が存することが必要である。
2 前認定の事実によれば、原告は有限会社であるとはいえ、その社員(出資者)は役員である村井広次と前田知男の二人しかなく、その実体は両名の共同による個人企業であるということができ、そうであるとすれば、原告の事業基盤は両名の資産、信用等その経済力に負うところが多いとみることができる。
そこで、この点についてみるのに、前示甲第二七号証、いずれも成立に争いのない乙第二七ないし第三四号証及び証人森井泉育次郎の証言によれば、(1) 原告の代表者である村井広次は、ほかにも食品卸売業を営む有限会社県北食品(本店所在地・栃木県大田原市)をその代表取締役として経営しているが、同会社は、第一一期事業年度(昭和六一年六月一日から同六二年五月三一日)において一三四一万〇九二〇円、第一二期事業年度(昭和六二年六月一日から同六三年五月つ三一日)において一三〇九万二一七八円の損金を出しており、その繰越欠損金は右事業年度末において三三三七万六一七四円に達し、経営困難な状態にあること、(2) そのほか、村井はいくつかの会社の役員を兼ねているが、村井が関係する会社は株式会社パンセを除いていずれも決算上損失を計上しており、その経営状態は良好とはいえないこと、(3) 村井は栃木県宇都宮市及び同県大田原市内に何筆もの土地及び建物を所有しているが、いずれの物件にも何口にもわたって有限会社前田酒販、有限会社北関東物流など関係する会社の第三者に対する債務を担保するための担保権が設定されていること、(4) 村井の原告に対する出資金八〇〇万円のうち四〇〇万円については自己の手持資金を充てたが、残りの四〇〇万円については息子や娘から援助をしてもらったものであること、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
いずれも成立に争いのない甲第八ないし第二三号証、乙第六、第七号証第三六ないし第三八号証及び証人森井泉育次郎、前田知男の各証言によれば、(1) 原告の取締役である前田知男は、有限会社前田酒販(本店所在地・栃木県大田原市)を経営しているが、同会社は第一九期事業年度(昭和六一年六月一日から同六二年五月三一日)において一一一九万五三四六円、第二〇期事業年度(昭和六二年六月一日から同六三年五月三一日)において七三九万四七八七円の損失を出しており、その営業成績は思わしくないこと、(2) そのため同会社は昭和六一年四月二四日には大田原手形交換所において、昭和六二年四月二四日には宇都宮手形交換所において、同年七月一六日には鹿沼手形交換所においてそれぞれ取引停止処分を受けていること、(3) 栃木県宇都宮市及び同県大田原市内には同会社及び前田と親族関係にある者が所有する土地及び建物が何筆も存在するが、これらの物件にはいずれも何口にもわたって同会社及び栃木県北部商業協同組合の第三者に対する債務を担保するための担保権が設定されており、一部には仮差押えもされていること、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
以上の事実によれば、村井、前田の両名は食品、特に酒類の販売についてはかなりの経験を有しているものと見受けられるが、その資産、信用等の経済力には問題があり、原告の事業にとって十分な支持基盤となり得るほどのものではないということができる。
3 前示乙第四号証、いずれも成立に争いのない甲第三五号証、乙第二六号証及び承認森井泉育次郎の証言によれば、(1) 原告が酒類の販売場とするために賃借した建物は軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺平家建 床面積六六・二四平方メートルの規模・構造のものであり、昭和六三年六月四日付けでその保存登記がされていること、(2) 右建物はいわゆるプレハブ造の簡易建物であって、南側の正面に出入口、その左右両側に幅一間ほどの窓があり、それぞれの開口部にアルミサッシ製の引戸がはめ込まれているほかは三方が全面壁となっていて、一見倉庫風のものであること、(3) 税務署の担当係官が現地調査をした昭和六三年七月二二日の時点では、右建物はいまだ酒類販売場としての態をなしておらず、係官は建物の規模(床面積がせまく、特に商品を貯蔵しておく場所がない。)・構造、場所的環境からして右建物では客を誘引するのは困難と判断したこと、以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
4 以上のようにみてくると、被告が、原告についてその経営の基礎が薄弱であり、酒税法第一〇条第一〇号に該当すると判断したのには相当の理由があり、被告がそのように判断したことには裁量権を逸脱し若しくはこれを濫用したということはできず、本件処分は適法である。いずれも成立に争いのない甲第一、第二号証、第六号証及び証人前田知男の証言によれば、原告の代表取締役である村井広次と取締役である前田知男は溝口昭一を加えた三人で、昭和六二年四月一八日、本店を栃木県大田原市におく有限会社北関東物流を設立し、同月三〇日同会社の名義で大田原税務署長に対し酒類販売業の免許申請をし、おおよそ一年後の昭和六三年四月三〇日その免許を受けたことが認められるところ、原告は、右会社と原告との間では役員の人的要件に大差がないのに、前者には免許を与え、後者の申請を拒否するのは憲法第一四条が規定する法の下の平等の原則に違反する旨主張する。しかしながら、右前者と後者とでは免許申請の時期、販売場の所在地及び規模・構造等が異なっているし、両社の役員の人的要件についても被告が原告からの申請について許否の判断をする段階で評価の見直しをしたこともあり得ることであり、原告の主張は大田原税務署長の判断が絶対的に正当であることを前提とするものであって、採用することはできない。
四 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大塚一郎 裁判官 小林敬子 裁判官 佐久間健吉)